女帝の崩御

クリスマスに、親戚のおば様が亡くなった。正確には父の従姉に当たるらしい。8月に見舞ったときには、すっかりボケが進行し、ベッドに寝たきりの状態であった。トイレに行こうとして、部屋の前を通りがかった私は、「誰だ。」と問われ、しばらく話をすることになった。


このおば様は昔から大変威勢がよく、K家の出身であることを誇りに思っている人であった。私が会ったことのない祖父は一代で財をなし、近隣の町村にも「お大臣」で通っていたらしい。戦前には村長を務めたこともあり、外国から取り寄せたオートバイで、田舎の畦道をかっとばしていたとか。祖母は毎日のように、近くの県庁所在地まで出かけて行き、両手に抱えきれないほどの買い物をしてくるという話であった。そんな贅沢な暮らしが崩壊するのは、農地改革で一気に土地を失った祖父が、失意のうちに亡くなってからである。それまでは3人のお手伝いさんに傅かれていた、お坊っちゃまの父も、母子家庭で相当苦労をしたようだ。祖母はといえば、父が結婚してからはずっと同居していたので、私も一緒に暮らしていた期間があったが、いつもおしゃれがキマっていて、社交好きな人であった。しょっちゅう知人の家に行ってくるといって、軽井沢や群馬に旅行に出かけ、家を留守にしていることも多かった。私の行動力は祖母譲りだと家族は笑う。


夏に訪ねて行くと、父がお気に入りだったおば様は、よく似ている私のことも可愛がってくれた。「KYOKOちゃんはK家の惣領なのだから。」と言われたこともある。しかし、他の人にとってはお相手するのが少々大変なひとではなかったか。プライドが高く、気が強い。弁も立つので、下手に議論をしようものなら言い負かされる。「味方」と「敵」の線引きが明確すぎる。村会議員をしている別の親戚が言った。あれは「女帝」だな。エバってエバって仕方がない。


ベッドに近づくと、そんなパワフルだったときの面影を全く感じさせないほど、痩せ衰えたおば様が横たわっていた。


おば様:おまえはこのうちに来たことがないな。
私:ありますよ!私の父は○○なんですけど…、ご存じないですか?
おば様:・・・でも、おまえのうちはもうここにはないだろう。
私:ないです。
おば様:そうか。それでは、この家にいてもよろしい。
ははーっ、ありがたき幸せ。とお許しに感謝する家臣のような心持ちだったが、やはり話が通じない。何度も同じ話題を堂々巡り。唯一、主張がはっきりしていたのは「早く皆が迎えに来てくれるのを待っている。」と言って、うっすら涙を浮かべていたときだけ。老いの意味って何だろうと思ってしまった。


きっと今頃、サンタクロースが願いを叶えてくれて、会いたかった人たちと久々に対面していることを祈る。
繁栄していた頃を全く知らない私ではあるが、おば様の遺志をつぎ、K一族の一員であることを誇りに生きてゆくとする。